2011年 03月 19日
3月11日、仙台にいました。 M9.0の大地震に遭ったのは、せんだいメディアテークの向かい側の道路でした。 波打つように揺れる街路樹とメディアテークが、目に焼き付いています。 予約していたホテルに2晩滞在させてもらい、3日目の朝、 山形行きのバスが出ることがわかり、4時間半並んで乗り、仙台から脱出。 山形に友人が車で迎えに来てくれたので、助かりました。 ホテルから見た仙台駅周辺の写真。駅は立ち入り禁止だったので人気もなく真っ暗な様子。 一見普通だけれど、よく見るとパーキングの看板が傾いています。 地震直後のメディアテーク。 近くにあった外車のショールームの大ガラスはめちゃめちゃに割れていましたが、 全面ガラス張りのメディアテークは外から見たところ傷ひとつない様子でした。 即座に閉鎖されてしまったので、中にはもう入れませんでした。 「夕暮れのメディアテークが素晴らしい」 と聞いていたので、その時間に合わせて中からも外からも楽しもうと思っていたのに 夕暮れる前に地震が来てしまいました。 去年の夏に出来たばかりの新しいホテルでしたが、やはりダメージがあったらしく、 3日目の朝に「危険なので出てください」と言われ、近くの避難所に○を付けた地図を渡されました。 時折、館内放送で「○○避難所は定員を超えましたので、受け入れ困難です」というアナウンスが流れます。 避難所にさえ入れるのか? 食べるものも自分で調達しなければならない。 途方にくれて「どうしたらいいんでしょう?」とホテルの人に聞くと、 「私たちにもわかりません。私たちも避難民ですので。」という答え。それが現実だ。 気を取り直し、避難所生活も長期化するかもしれないし、と覚悟を決めて、 部屋にあるミニバーの飲み物やスナック類を申し訳ないけど鞄に詰めさせてもらった。 フロントに行くと、バリッとしたホテルマンが、まるで何事もなかったかのように 穏やかな笑顔でチェックアウトの手続きをしている。チェックアウトと言っても 「ホテルとしての機能を果たしていなかった」とのことで料金を請求されることもなく、 ただ笑顔で「お気を付けてお帰りくださいませ」と言われただけ。 そして、山形行きのバスが出ることになったと教えていただく。(これで助かった!) バス停までの地図が用意されていて、道順も丁寧に教えてくれた。 出口でも、おそらく全てのスタッフが並び、笑顔で「お気を付けてお帰りください」と お辞儀して送り出してくれた。自分たちだって大変なのに、泣けてくる。 プロのホスピタリティを見せてくれた。 バス停まで30分ほど歩いたけれど、途中全ての商店は閉まっていて、 これから開くらしいというダイエーの前には長蛇の列ができていた。 地元の人たちは、自分たちの生活をなんとかしなければならない。 これから避難所生活、と腹をくくった時、申し訳ないけれど、タオルまで鞄に詰めさせてもらったのでした。 3日ほど後、ホテルに電話してみたら通じた。 実はミニバーのものやタオルを持ってきてしまったのです。料金をお支払いしたいがどうしたらいいかと聞くと、 「お気持ちだけで結構です。営業再開しました時にはまたご利用ください」というお返事でした。 電気やガスや水道が通って、JRや道路が復旧したら必ず、ミニバー代をお送りします。 もう一度泊まりに行きます。
by chiaroscuro8
| 2011-03-19 22:57
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